2025年 11月 20日
京都の風に吹かれて 明治の日本画家・尾形月耕の「義士四十七士・赤穂義士銘々伝」を観る 6
明治の日本画家・尾形月耕の「義士四十七士」を観る 6
赤穂事件については、様々な創作物により描かれてきています。
本編は明治の日本画家・尾形月耕が描いた四十八士を尾形月耕が描いた「義士四十七図(月耕画)」「赤穂義士銘々伝(隅田古雄 編・尾形月耕 画、錦耕堂、明治18年11月 」(国立国会図書館所蔵)のものより、あくまで趣味的に観ていくものです。
(義士四十七図)
31・小野寺十内秀和 (おのでらじゅうない ひでかず)
小野寺重内秀和 京屋舗留守居 禄150石 行年61
明治35年2月 発行
【戒名】刄以串 剣信士

(赤穂義士銘々伝)

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○ 京都・瑞光院にある「小野寺十内室丹子 招魂碑」
小野寺十内の室 丹子(たんこ)は夫の切腹後、秘密裡に江戸泉岳寺から墓を掘り起こし、西方寺(左京区)に墓を建て葬った。
後、断食し、夫の後を追ったと伝えられる。
経緯は田中緑紅『忠臣蔵名所』(1958年 京を語る会刊)に詳細あり。
(小生のブログ 「京都史蹟散策196 赤穂義士ゆかり寺・瑞光院の全貌」より)

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(義士四十七図)
32・赤埴源蔵重賢 (あかばねげんぞうしげかた)
赤垣源蔵重賢 馬廻リ200石 行年35
明治28年12月 発行
【戒名】刄廣忠 剣信士

(赤穂義士銘々伝)

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(義士四十七図)
33・不破和数衛門正種 ふわかずえもんまさたね
不破数右衛門正種 浜辺普請奉行 禄100石浪人 刃観祖剣信士 行年34
明治35年2月 発行
【戒名】刄観祖 剣信士

(赤穂義士銘々伝)

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(義士四十七図)
34・武林唯七隆重 たけばやしただしちたかしげ
武林唯七隆重 近習 10両3人扶持 行年32
明治35年2月 発行
【戒名】刄性春 剣信士

(赤穂義士銘々伝)

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(義士四十七図)
35・間十次郎光興 はざまじゅうじろうみつおき
間十次郎光興 光延ノ嫡男 行年26
明治35年1月 発行
【戒名】刄澤蔵 剣信士

(赤穂義士銘々伝)

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(義士四十七図)
36・神崎与五郎則休 かんざきよごろうのりやす
神崎与五郎則休 徒士 5両3人扶持 行年38
明治35年10月 発行
【戒名】刄利教 剣信士

(赤穂義士銘々伝)

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