人気ブログランキング | 話題のタグを見る

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞


松浦 松洞(まつうら しょうどう)

(*松浦 亀太郎) 名は知新、字は無窮、松洞と号する。

長州、萩の商家に生まれ、幼きより丹青(たんせい・*絵画)の技を能くし、

礀宗四郎(本名は益田時貞天草四郎を師とする。

好んで忠孝節義の人を貌し(*偲び)、世道を補益することを期す。

後、吉田松陰に従学し、久坂 玄瑞、中谷正亮などと交際を重ねる。

爾来(じらい・*それから後)、(*松浦 亀太郎) は藩主父子および師友の情義に感激し、身を家国に效そう(*尽力しよう)と誓い、尊攘のために尽瘁(じんすい・*自分の労苦を顧みることなく、全力を尽くすこと)する。

文久24月、竊(*ひそか)に同志を募り東上する。

たまたま長井 雅楽が献言した議国論に反するを憤り、これを要殺して天下に謝することを欲しが、人が止めるところとなりて果たせなかった。

しかしながら、その憤恚(ふんい・*憤り、怒ること)を禁じることが出来ず、同月(*2月)13日、粟田山中(*京都市東山区の粟田神社の背後、蹴上にぽっかり浮かぶ なだらかな山)に入り、割腹して死す。年26

まさしく粟田宮(*京都市東山区にある崇徳天皇を祀る霊社)の正義を慕い、死を馬前(*貴人や主君の面前のたとえ)に致すの意を寓した(*直接示さず、他の事物に託して表現すること)のであった。 贈正五位

墓は、京都霊山護国神社(京都市東山区静閑寺霊山町)にある。


松浦 松洞は、吉田松陰自賛肖像で知られている。


松浦松洞筆, 吉田松陰賛

[安政6年5月21日]写1859 

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ

FREE LICENSE with Attribution

二次利用自由 のものより


内容記述によると、

「三分出廬兮諸葛己矣夫 一身入洛兮賈彪安在哉 / 心師貫高兮而無素立名 志仰魯連兮遂乏釋難才 / 讀書無功兮撲學三十年 滅賊失計兮猛氣廿一回 / 人譏狂頑兮郷黨衆不容 身許君國兮死生吾久齊 / 至誠不動兮自古未之有 古人難及兮聖賢敢追陪 / 思父年少能知敬我、我是以深愛思父、思父無爲而死、是思父爲辜我、我害義而生是我爲負思父、思父室懸我像、兩心相照、一幅感深、辜負二字、天地豈容之哉。歳之五月念一二十一回猛士書」(出典:平成6年度京都大学附属図書館公開展示会図録『吉田松陰とその同志』) と、ある。

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08064691.jpg


松浦松洞墓は叉、山口県萩市の誕生地近くの適心寺にあり、墓碑には「無窮」の名(*松陰から授けられた名)が刻まれています。



これ以降の画像は全て、

京都大学 維新特別資料文庫

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ より

FREE LICENSE with Attribution

二次利用自由 のものより  の画像です。



01花鳥下絵

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08071802.jpg


02・草花下絵

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08073518.jpg


03・群鶴図

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08075980.jpg


04・実朝公那須篠原図

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08081432.jpg

05・春江漁笛之図

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08090046.jpg


06・春江漁笛之図

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08091808.jpg


07・美女図下絵

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08093013.jpg


08・福禄寿図

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08095591.jpg


09・蓮花図

京都の風に吹かれて  勤王志士の画家・松浦 松洞_d0417328_08100964.jpg


京都の風に吹かれて   次回に続きます。






by kyotoshiryo | 2026-01-08 19:15 | Comments(0)