2026年 02月 07日
京都の風に吹かれて 横山大観・大正期の作品を観る5
京都の風に吹かれて 横山大観・大正期期の作品を観る5
本編は、国立文化財機構所蔵品統合検索システムで公開の情報(複製、公衆送信、翻訳・変形等の翻案等、自由に利用できるもの)よりの掲載で、横山大観の大正期の作品を、あくまで趣味的に観るものです。
● 游刃有余地 大正3年(1914)
2幅
大正3年10月 日本美術院再興 第一回展覧会出品
所蔵:東京国立博物館
機関管理番号:A-10535
187.8cm × 86.3cm
游刃有余地 (ゆうじんよちあり)


以下の文は、横山大観 (斎藤隆三)昭和33年 を参照しました。
* は、付記。
游刃有余地は、自ら被った無法の暴挙に対しての反抗の奮起である。
*游刃余地(ゆうじんよち)は、余裕をもって物事に取り組むことのたとえである。
一生の浮沈に関する重要性が有る作でもある。
精神力の充実せる所以(ゆえん)である。
これは「荘子」養生主篇の一句に採りて想いを構えたたもので、図は対幅(ついふく・*内容が対になっている掛け軸のこと)に成る。
*「遊刃」は包丁を巧みに扱うことで、料理の名人である庖丁(ほうてい)は、肉と骨の間を巧みに切り分ける技術を持っていたために余裕を持ち、牛を解体することができたと、云う故事に所以(ゆえん)する。
右幅(下図)は、即ち次女を後に随へ、笏を手にして後向きに左方に面して立てる文恵君、端厳の相貌、犯しがたき貴賓を備えたのは、作家の意中、或は、天心(*岡倉 天心)を擬せるのならずや、を想わせる。
*文恵君は、金谷治 訳注「荘子」岩波文庫(1971)によると、魏の恵王(前370-319在位)とされる。
これに対して、左(上図)の一幅は、右手に刀を執り、頑丈な俎板(まないた)を前にして立つ老包丁、その強い色調を持つ紺青色の衣を着ているのも、文恵君、の黄色の袍(うわぎ)、侍女の淡紅色の衣に対峙して、不敵な剛直さを標識させる上に効果を保ち、卓落(たくらく・*他より抜きんでて優れている)たる風貌は既に宇内(うだい・*天下)を呑んでいる。
正に善美術界を敵として起つ慨(なげき)あるとも云うべきか。
やがて この時この際に於いての筆者・己(おのれ)の姿であり 気魄であるともすべきであろう。
● 梅と蓮 大正9年(1920)
2曲1双
所蔵:東京国立博物館
機関管理番号:A-12113
各168.5cm × 186.3cm


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