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京都の風に吹かれて 横山大観・大正期の作品を観る5

京都の風に吹かれて 横山大観・大正期期の作品を観る5


本編は、国立文化財機構所蔵品統合検索システムで公開の情報(複製、公衆送信、翻訳・変形等の翻案等、自由に利用できるもの)よりの掲載で、横山大観の大正期の作品を、あくまで趣味的に観るものです。



● 游刃有余地 大正3年(1914)

2幅 

大正3年10月 日本美術院再興 第一回展覧会出品

所蔵:東京国立博物館

機関管理番号:A-10535

187.8cm × 86.3cm

游刃有余地 (ゆうじんよちあり)

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以下の文は、横山大観 (斎藤隆三)昭和33年 を参照しました。

* は、付記。


游刃有余地は、自ら被った無法の暴挙に対しての反抗の奮起である。

*游刃余地(ゆうじんよち)は、余裕をもって物事に取り組むことのたとえである


一生の浮沈に関する重要性が有る作でもある。

精神力の充実せる所以(ゆえん)である。

これは「荘子」養生主篇の一句に採りて想いを構えたたもので、図は対幅(ついふく・*内容が対になっている掛け軸のこと)に成る。

*「遊刃」は包丁を巧みに扱うことで、料理の名人である庖丁(ほうてい)は、肉と骨の間を巧みに切り分ける技術を持っていたため余裕を持ち、牛を解体することができたと、云う故事に所以(ゆえん)する。


右幅(下図)は、即ち次女を後に随へ、笏を手にして後向きに左方に面して立てる文恵君、端厳の相貌、犯しがたき貴賓を備えたのは、作家の意中、或は、天心(*岡倉 天心)を擬せるのならずや、を想わせる。

*文恵君は、金谷治 訳注荘子岩波文庫1971)によると、魏の恵王(前370-319在位)とされる。


これに対して、左(上図)の一幅は、右手に刀を執り、頑丈な俎板(まないた)を前にして立つ老包丁、その強い色調を持つ紺青色の衣を着ているのも、文恵君、の黄色の袍(うわぎ)、侍女の淡紅色の衣に対峙して、不敵な剛直さを標識させる上に効果を保ち、卓落(たくらく・*他より抜きんでて優れている)たる風貌は既に宇内(うだい・*天下)を呑んでいる。

正に善美術界を敵として起つ慨(なげき)あるとも云うべきか。

やがて この時この際に於いての筆者・己(おのれ)の姿であり 気魄であるともすべきであろう。




● 梅と蓮 大正9年(1920)

2曲1双

所蔵:東京国立博物館

機関管理番号:A-12113

168.5cm × 186.3cm

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京都の風に吹かれて 横山大観・大正期の作品を観る 6 に続きます。







Commented by nene_rui-morana at 2026-02-08 10:47
いつも訪問ありがとうございます。京都の記事を毎回楽しく拝見しております。これからも、どうぞよろしく。
by kyotoshiryo | 2026-02-07 19:04 | Comments(1)