2026年 01月 05日
京都の風に吹かれて ミッキーマウスと著作権
ミッキーマウスと著作権
日本における著作権の保護期間は著作者の死後70年で、以前の50年から延長されました。
無名や著名な著作物についても同様の保護期間が適用されます。
この50年から70年に変更(*20年の延長)のきっかけとなったのが、世界的なキャラクター「ミッキーマウス」でした。
死後50年で著作権切れであれば、ミッキーマウスのキャラクターは2003年の予定でしたが、1998年に、これに対する延長法が制定されたのでした。
このように、ミッキーマウスは、世界をも変える絶大な力があった・・・と云うお話でした。
後、2024年1月1日になり、オリジナル版のミニーマウスとミッキーマウスがパブリックドメインとなりましたが、日本では以前として1928年に公開されたアニメーション『蒸気船ウィリー(Steamboat Willie)』の後にディズニーが制作したミッキーマウスのバージョンや関連作品は、著作権が保護されています(また著作権は国ごとに保護期間が異なっているので注意が必要です。)
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また、これに付随してではありませんが、最近よく見かける傾向に、少し、ご注意を・・
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テレビ番組や配信動画を無断で編集した動画(ハイライト動画など)のネット上への公開も著作権の侵害になり得ます。
excite の投稿の際の著作権について の項目の2-3.においても、
「公衆送信」という概念には、インターネットのブログ上などにおいて、公衆が要求したのに応じて自動的に行う送信(自動公衆送信)の他、送信可能化、すなわち、送信を可能にする状態に置くことも含まれます。
したがって、著作者に無断でインターネットを通じて著作物を公衆に送信した場合はもちろん、他人の著作物をブログ上などにアップロードする行為も著作権侵害の問題を生じさせることとなります。 と、あります。
すなわち、
公衆送信権とは、著作物を公衆に送信する権利で、上記は公衆送信権などの侵害行為に該当し、これは著作権法第23条に基づいています、と云うことで、テレビ番組の画像を写真に撮り、それをブログに掲載する場合にも、これと同等、との解釈になり得ると云うことです。
では何故、ネットや、ブログ上で、テレビ番組の画像や動画が、多く出回っているのでしょうか?
それは著作権侵害は、現在のところでは親告罪(*被害者等の告訴権者の告訴がなければ検察官が起訴できない罪)のために、著作権者自身が訴訟を起こす必要があるからです。
つまり、訴訟や そのための証拠集めなどの労力(コスト)と、著作権侵害行為による実被害を天秤にかけて、見逃しているだけ(見逃してもらっているとも)、と云う場合や、単に見つけられていないだけ(見つかっていないだけ)、と云う場合などに該当するだけのことだそうです。
当然ですが、ネット(ブログ)などで写真を利用する場合には、自分で撮影した写真や著作権者の許可を得た写真のみを使用するのが一番、無難である、と云えます。
2026年 01月 04日
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第4輯
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第4輯
本編は、塚本岩三郎 画の「古今偉傑全身肖像 歴史対照、東京造画館」(明治32-35)を国立国会図書館蔵のものより、あくまで趣味的に観ていくものです。
塚本岩三郎は、明治から大正にかけて多くの掛図を自ら作画し刊行し、印刷出版社・東京造画館を創設し、教育用図版を次々に制作した人物です。
本編は、日本史を築いた画面の人物は誰? のクイズ形式を採っており、この面でも楽しめるように構成してあります。
掲載人物の詳細は、全てウィキペディアに掲載されており、画面下から検索できるようにしました。
01・平安時代末期~鎌倉時代初期の鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝の異母弟で、9番目の子

源 義経 源義経 - Wikipedia
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02・平安時代末期~鎌倉時代初期の鎌倉幕府の初代征夷大将軍(鎌倉殿)

源 頼朝 源頼朝 - Wikipedia
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03・第96代天皇、および南朝の初代天皇

後醍醐天皇 後醍醐天皇 - Wikipedia
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04・平安時代後期~末期の武将で平 清盛の父

平 忠盛 平忠盛 - Wikipedia
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05・江戸時代中期の本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家、発明家

平賀源内 平賀源内 - Wikipedia
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06・平安時代末期の武将・公卿で平清盛の嫡男(長男)

平 重盛 平重盛 - Wikipedia
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07・江戸時代後期の武士、尊皇思想家で、林 子平・蒲生君平と共に、寛政の三奇人の一人(奇は、優れたの意)

高山彦九郎 高山彦九郎 - Wikipedia
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08・戦国時代・安土桃山時代の武将、戦国大名、公卿、天下人、(初代)武家関白

豊臣秀吉 豊臣秀吉 - Wikipedia
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09・鎌倉時代中期の武将で対馬国の地頭代(守護代でも)

宗 助国 宗助国 - Wikipedia
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10・鎌倉時代の仏教僧で、鎌倉仏教の一つ法華宗の宗祖。

日蓮上人 日蓮 - Wikipedia
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第5輯 に続きます。
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豊臣秀吉の墓「豊国廟」
阿弥陀ヶ峰山中腹にある唐門と山頂に続く石段
ウィキペディアに掲載の写真
(クリエイティブ・コモンズ 表示3.0 非移植ライセンスの下でライセンスされているものより)

このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示3.0 非移植ライセンスの下でライセンスされています。(各々にマークがあり、それに準じます)
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これが意味するところは、
インターネット時代の新しい著作権ルールで、著作者が、この条件を守れば、私の作品を自由に使って構いません、という意思表示をするためのライセンスのことです。
これ(クリエイティブ・コモンズ)により、バズった例として「初音ミク」の存在があります。
初音ミク(はつねミク、Hatsune Miku)は、クリプトン・フューチャー・メディアが発売しているバーチャルシンガーソフトウェアおよびそのキャラクターです。
インターネット発の文化を大きく変化させたと云われており、日本史の教材で「現代のIT技術が生み出した新たな文化の象徴的存在」と位置づけられています。(ウィキペディアより)
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小生の写真より
参照 京都史蹟散策123豊国神社と豊国廟 3
京都史蹟散策123豊国神社と豊国廟 3: 資料の京都史蹟散策
中門から墓所への(4段と172段)参道の階段

天国への階段(172段の階段)?

以上の2枚の写真については、現在(2026-1-4)のところ、転載・流用は遠慮願います。
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2026年 01月 03日
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第3輯
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第3輯
本編は、塚本岩三郎 画の「古今偉傑全身肖像 歴史対照、東京造画館」(明治32-35)を国立国会図書館蔵のものより、あくまで趣味的に観ていくものです。
塚本岩三郎は、明治から大正にかけて多くの掛図を自ら作画し刊行し、印刷出版社・東京造画館を創設し、教育用図版を次々に制作した人物です。
本編は、日本史を築いた画面の人物は誰? のクイズ形式を採っており、この面でも楽しめるように構成してあります。
掲載人物の詳細は、全てウィキペディアに掲載されており、画面下から検索できるようにしました。
01・南北朝時代、南朝の後村上天皇に仕えた武将

楠 正行 楠木正行 - Wikipedia
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02・戦国時代~安土桃山時代の武将・大名で戦国三英傑の一人

織田信長 織田信長 - Wikipedia
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03・江戸時代中期の旗本・政治家・朱子学者

新井白石 新井白石 - Wikipedia
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04・戦国時代の武将え甲斐の守護大名・戦国大名であり、甲斐源氏の第19代当主。

武田信玄(武田 春信) 武田信玄 - Wikipedia
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05・記紀に伝わる人物で景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代(第12代~第16代)の各天皇に仕えたと云う

竹内宿祢 武内宿禰 - Wikipedia
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06・安土桃山時代~江戸時代初期の武将で、江戸初期の漢詩の代表的人物

石川丈山 石川丈山 - Wikipedia
小者のブログ・
京都史跡散策274-1 詩仙堂と石川丈山 1
京都史跡散策274-1 詩仙堂と石川丈山 1: 資料の京都史蹟散策
京都史跡散策274-2 詩仙堂と石川丈山 2 丈山の墓へ
京都史跡散策274-2 詩仙堂と石川丈山 2 丈山の墓へ: 資料の京都史蹟散策
も参照のほどを。
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07・鎌倉時代後期~南北朝時代の御家人・武将で本姓名は源 義貞

新田義貞 新田義貞 - Wikipedia
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08・平安時代中期の女房、作家、歌人で「源氏物語」の作者とされる

紫 式部 紫式部 - Wikipedia
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09・江戸時代後期の儒学者で「山稜志」を著した尊皇論者、海防論者としても知られる

蒲生君平 蒲生君平 - Wikipedia
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10・奈良時代~平安初期の公卿で、磐梨別乎麻呂(または平麻呂)

和気清麿 和気清麻呂 - Wikipedia
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第4輯 に続きます。
2026年 01月 02日
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第2輯
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第2輯
本編は、塚本岩三郎 画の「古今偉傑全身肖像 歴史対照、東京造画館」(明治32-35)を国立国会図書館蔵のものより、あくまで趣味的に観ていくものです。
塚本岩三郎は、明治から大正にかけて多くの掛図を自ら作画し刊行し、印刷出版社・東京造画館を創設し、教育用図版を次々に制作した人物です。
本編は、日本史を築いた画面の人物は誰? のクイズ形式を採っており、この面でも楽しめるように構成してあります。
掲載人物の詳細は、全てウィキペディアに掲載されており、画面下から検索できるようにしました。
01・古墳時代後期~飛鳥時代の皇族・政治家

聖徳太子 聖徳太子 - Wikipedia
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02・江戸時代初期にシャム(現在のタイ)のアユタヤ日本人町を中心に東南アジアで商人・軍人として活躍した人物。

山田長政 山田長政 - Wikipedia
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03・記紀などに伝わる古代日本の皇族(王族)

ヤマトタケル ヤマトタケル - Wikipedia
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04・室町時代後期に関東地方で活躍した武将

太田道灌 太田道灌 - Wikipedia
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05・鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将

楠 正成 楠木正成 - Wikipedia
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06・出羽国(山形県)と陸奥国(宮城県・福島県)の武将・戦国大名

伊達政宗 伊達政宗 - Wikipedia
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07・日本の第14第天皇・仲哀天皇の皇后

神功皇后 神功皇后 - Wikipedia
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08・日本の平安時代の貴族、学者、漢詩人、政治家。

菅原道真 菅原道真 - Wikipedia
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09・鎌倉幕府の御家人・安達景盛の娘で北条時氏の正室

松下禅尼 松下禅尼 - Wikipedia
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10・鎌倉幕府第2代執権・北条義時の長男

北條泰時 北条泰時 - Wikipedia
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第2輯 に続きます。
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西郷隆盛が描いた唯一の絵とされる「武者絵 為朝」
青山会館 編 南洲先生遺墨集
巧芸社 (大正15年) 国立国会図書館蔵のものより
「武者絵 為朝」

上記、遺墨集の【解説】によると、
武者絵 為朝
鹿児島の俗、孟蘭盆(うらぼん・*祖先の冥福を祈る仏教の伝統的な祭り)に當って、櫓頭(やぐら)に行燈(あんどん)を掲ぐ。
その形、太鼓に似たるも以て、俗に太鼓行灯(たいこあんどん)ともいへり。
尚武(しょうぶ・*武道・武勇を重んじる)の國(*国)なれば、この(あんどん)には、必ず武者繪(*絵)を作るを以て例とす。
南洲先生(*西郷隆盛のこと)、乃ち(すなわち)この為朝(*源 為朝)の圖(*図)を造りて、三男の午次郎(うまじろう)氏に與へたりき(*与えたのであった)。
南洲先生(*西郷隆盛のこと)の畫(*画)をいふもの(*云うもの)は、一代に この一枚なるべし(*そうに違いない)。
と、ある。
● 西郷 午次郎(うまじろう)
*午次郎(うまじろう)と表記するのは『西郷隆盛事典』志村有弘(編)/勉誠出版、2018年)によります。)
菊次郎は、愛加那(*2人目の妻)との子の長男で万延2年(1861年)に奄美大島で誕生。
寅太郎は、糸(*3人目の妻、糸子、イト とも)との子の長男で慶応2年(1866年)に鹿児島県で誕生。
午次郎は、糸(*3人目の妻)との子の次男で明治3年(1870年)3月に鹿児島県で誕生。
三男・酉三(ゆうぞう)は、糸(*3人目の妻)との三男で明治6年(1873年)に鹿児島県で誕生。
明治10年(1877年)2月、西南戦争、勃発。
同年、9月24日、西郷隆盛、自刃。午次郎 7才。
大正8年(1919年)1月1日、寅太郎、病死。52才。午次郎48才。
往時、午次郎は日本郵船に勤務していたとされ、母、糸75才などと同居していた。
大正15年(1926年)、本「南洲先生遺墨集」に、父・隆盛より与えられた「武者絵 為朝」を提供する。
昭和3年(1922年)6月11日、午次郎の母・糸、死亡。79才。
後、午次郎、日本郵船を退職後、叔父・西郷従道の渋谷・南平台の所有地を譲渡される。
昭和10年(1935年)、死去、65才。
期しくも、今年(令和8年)は、午歳であります・・
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2026年 01月 01日
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第1輯
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る 第1輯
本編は、塚本岩三郎 画の「古今偉傑全身肖像 歴史対照、東京造画館」(明治32-35)を国立国会図書館蔵のものより、あくまで趣味的に観ていくものです。
塚本岩三郎は、明治から大正にかけて多くの掛図を自ら作画し刊行し、印刷出版社・東京造画館を創設し、教育用図版を次々に制作した人物です。
本編は、日本史を築いた画面の人物は誰? のクイズ形式を採っており、この面でも楽しめるように構成してあります。
掲載人物の詳細は、全てウィキペディアに掲載されており、画面下から検索できるようにしました。
01・安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将

加藤清正 加藤清正 - Wikipedia
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02・平安時代末期の武将

源 為朝 源為朝 - Wikipedia
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03・鎌倉時代末期~南北朝の武将

児嶋高徳 児島高徳 - Wikipedia
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04・戦国時代、越後国など北陸地方を支配した武将

上杉謙信 上杉謙信 - Wikipedia
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05・平安時代の武将・公卿・歌人

源 頼政 源頼政 - Wikipedia
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06・平安時代中期の貴族・豪族・武将

藤原秀郷 藤原秀郷 - Wikipedia
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07・平安時代中期~後期の武将

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08・戦国時代~江戸初期の武将・江戸幕府初代の将軍

徳川家康 徳川家康 - Wikipedia
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09・平安時代の公卿、武官。

坂上田村麿 坂上田村麻呂 - Wikipedia
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10・鎌倉時代中期、鎌倉幕府・第8代の執権

北条時宗 北条時宗 - Wikipedia
京都の風に吹かれて 日本史を築いた人々 「古今偉傑全身肖像 歴史対照」を観る その2 に続きます。
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平安神宮
(令和8年元旦 撮影)

本年も宜しく、お願い致します。
新しい分野、スタイルを目指して・・
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